机まわり2011/05/19

今回は机まわりの写真です。
というか、こんな写真がパソコンのフォルダに入っていたので。
撮ったのは2009年11月です。
カーテンが閉まっているので夜ですね。
カーテンのタッセルが、卓上のライトに引っかかってます。うわー、はずかしい。


1、カレンダー
何年も前から、自分好みのスケジュール用カレンダーが見つからないので、ずっと手作りです。
昔は手書きで作っていましたが、今はパソコンの図形とか描けるソフトで作ってます。 色も月によって変えたりしてます。

2、書類ケース
画材が入ってます。クリップ、消しゴム、ペン先、シャープペンシルの芯、ホチキスの針、カッターの刃、メンディングテープ、セロテープ、両面テープ、ラベル、などなど。

3、紙類
使ってない原稿用紙や、B4封筒、B4サイズのものが置いてあります。
時々ここに物を落として、気がつかずにあちこち探すことになります……。

4、まんが雑誌
机の下のこの部分に、「別冊花とゆめ」や「花とゆめ」などの雑誌が置いてあります。
原稿を描くとき、画面を斜めにするための台にもなります。

5、本棚
写真では見えませんが、机の下にも本棚があります。
机の下なのに、入ってる本は資料本でもなんでもないことに今気がつきました。
資料本は机の反対側、背中側にある本棚にほとんどが入っています。

6、描きかけの原稿
机の引き出しを出しっぱなしにして、そこに入れてます。
左のプラスチックの書類ケースの引き出しも、引き出した状態で同じような原稿置き場になります。
ここには写っていませんが、机の反対側にも棚があって、そこにも原稿を入れておく引き出しがあります。
一応、下書き済み、人物のペン入れ済み、消しゴムかけ済み、べた塗り済み……など、作業工程によって置く場所を決めているつもりなのですが、作業も中盤になると、あちこちに原稿を置くので、時々混乱します。


上の机の上にあった、描きかけの原稿です。
49話の2ページ目、コミックス10巻の8ページですね。
まだ下書きに入ったばかりというところだと思います。
下にあるのはランプシートというトレース台です。
薄いのでトレース台としても使いますが、ほとんど画板代わりです。

机まわり、とっちらかっていますが、これはまだマシなほうです。
たいてい左のあたりに、資料やらなにやらがどんどん積もっていきます。
そしてよく、なだれます。
ペン入れが進むと、机の上に何種類もの筆記具が散乱します。

パソコン作業になっても、パソコンのまわりに資料が堆積していきます……。

1988年4月 その3宇治2011/04/23

続きです。

その日は「宇治の川祭り」でした。
今調べたら「宇治川さくらまつり」という名称らしいです。
今年は残念ながら、地震の関係で中止だったそうです。

写真はそのお祭りのための設営場所のようです。
川の中州にありました。
時間がなかったので、こちらは見られませんでしたが。
(クリックで大きくなります)


橋ですが、名称はわかりません。
「朝霧橋」かな?
川の様子の資料にと写真を撮っています。


こちらは先ほどの橋。
橋の先に見えるのが「宇治神社」の鳥居だと思います。


これも川の様子のための写真です。
こういう写真が、綺羅が川に落ちた前後の資料になっています。
(すぐ下の写真はクリックで大きくなります)


上の数枚の写真がこんな感じになりました。↓


宇治の山の様子。


「琴坂」と書いてあります。
ここから上にのぼって、大吉山の展望台を目指します。
地図を見る限り、そこへ至る道から宇治川が見おろせるはずなので。


「琴坂」を上から見おろして。


山道の様子です。
(すぐ下の写真はクリックで大きくなります)




この写真が↑ こうなりました。↓
下の絵は、写真を見てアシスタントさんが描いてくれた絵です。
(クリックで大きくなります)


こちら方向からの道は裏道らしく、展望台に上る道は反対側に「山道」ではない道がありました。
「山道」の写真が欲しかったので、こちらから上って正解でしたが、歩いている最中は、「ほんとうにこの道でいいのか??」と、かなり不安でした。
なにしろまったく人通りがなかったので。
展望台についたときはほっとしました。先ほどの道と違って、ひとがわんさかいたので。
帰りは人通りの多い、舗装された道を下りて帰りました。
こちらのほうの道は山桜が咲いていてきれいでした。

その後、宇治で「茶団子」を買って、サラリーマンだらけの新幹線で帰りました。
京都って日帰りできるんだ〜、と実感した取材でした。

当時のスケジュール手帳を見ると、下絵とペン入れの合間に京都に行ったみたいです。
そして手帳には、当日使った金額がメモってありました。
平等院の拝観料は300円だったもよう。

1988年4月 その2平等院2011/04/23

続きです。
これは宇治の平等院です。

京都御所に寄ったせいで時間が押してしまって、予定では宇治の山道の写真を先に撮るはずだったのですが、そちらを先にすると平等院の拝観時間が終わってしまうので、平等院を先に見ることにしました。

平等院は初めて訪れました。


桜の平等院もきれいでした。


こういう風景も、あとでなにかの役に立つかもしれないので、とりあえず写真に撮っておきます。


こちらは平等院の建物内部から、庭を望んで。


写真には写っていませんが、外国人の観光客も多かったです。
建物の中は写真撮影が禁止だったので、その写真はありません。

1988年4月 その1京都御所2011/04/22

1988年の取材のときの写真です。
これも「ジャパネスク」ではなく「ざ・ちぇんじ!」のときのものです。

このときは宇治の写真が必要で、時間もないことから日帰りで京都に行ったのですが、ちょうど京都御所では「春の一般公開」が行われていたので、まずは京都御所に、と行ったときの写真です。

「一般公開」というかたちで御所に行ったのは、これが初めてでした。
写真をご覧になればおわかりでしょうが、すごく人がいっぱいです。
入り口から並んで、並んだまま見学……という感じでした。

こちらは御所のまわりを囲む、御苑の梅の木です。満開でした。


これも御苑のしだれ桜。
なんだか写真の色が、昔の絵はがきみたいな色に……。
一枚一枚色の補正とかしてるんですが、これは直せなかった……。


紫宸殿の外側から。こんなに人がいました。
(クリックすると大きくなります)


今回初めて「紫宸殿」の前まで見学することができました。
たしか見学コースには、ロープが張ってあって、勝手に近づいたりはできなかったと思います。


こちらは紫宸殿の向かって左側。


こちらは同じく、紫宸殿の向かって右側です。
こっちの写真は3枚の写真をつなげてあるので、ちょっと画面がゆがんでいます。


紫宸殿の前の「左近の桜」。
咲くのはこれからという感じです。


清涼殿、横のきざはし(階段)。
屋根が欠けているのは、2枚の写真をつないだからです。


清涼殿、正面から。
お色直しで、御簾の色がきれいです。


今回はこんな感じで、人形が飾られていました。
一般公開では人形があるのが普通のようです。


敷地内にあったおみやげ屋さん。
お菓子の他に、絵はがきとかが売っていました。


そして、簡易お食事どころも。


とりあえず写真は撮り終わったので、その足で京都駅に戻り、今度は宇治へ向かいます。
というか、今回は宇治が本命なので。

京都御所1986年7月 その32011/04/08

続きです。

今回は清涼殿のあたりの写真なんですが、わかりにくいので図を用意しました。
これは現在の清涼殿の見取り図だと思われます。もともとは一千年も前の建物ですので、それを言い訳に、漫画では臨機応変(テキトー)に描いています。
(クリックで大きくなります)


こちらは清涼殿の殿上の間の横あたりです。
左にちらりと見えているのが「年中行事障子」です。


こちらが殿上の間の入り口です。


殿上の間は、コミックス9巻、61ページの、帥の宮と高彬が話している部屋です。ここで公卿や蔵人などがお仕事をしていました。「殿上人」という言葉は、この部屋に入れる人というところからきています。
(クリックで大きくなります)


清涼殿、向かって左側の写真です。廊下が切れていますが、廊下として使うときは板を渡して使います。


二枚目の奥に見えるのが「御帳台」で、帝がいるところです。普段はその手前の「昼御座」にいます。
御簾がいい色に日焼けていますが、一般公開の時に新調されているときもあります。


一枚目は清涼殿、向かって右側。
二枚目は、格子はこんな感じで上に上がってます、ということで。


こちらは清涼殿ではありませんが、屋根のかたちなどが漫画を描くときの参考になります。


廊下(簀子)と高欄。廊下についている手すり(高欄)は、実は高さはあまりありません。漫画では見栄えがいいので、もう少し高めに描いていました。




以上で1986年の京都御所の写真は終わりです。実際撮った枚数はもっと多いのですが、角度を変えただけの同じ場所の写真も多く、漫画に反映されていそうなものを選んでアップしました。

けど、1986年……って、25年も前なんですね。

このときは二泊三日で京都に行って、御所に近いホテルをとって、京都のガイドブックをチェックしまくったのに、そのガイドブックを忘れて、京都に到着早々本屋さんに駆け込み同じガイドブックを買ったんだっけ。

一日だけレンタサイクルを借りて、御所で買い忘れた本を見学の翌日買いに行ったら、「お使いですか?」と聞かれたり、自転車に乗っていたからか、道を尋ねられたり(旅行者なのに)。

今、同じだけ京都を回れる体力はありません。……と思ったら、当時もきつかったらしい。こんなものがありました(笑)。
当時は雑誌(このときは花とゆめ増刊の「EPO」でした)に、こんなカット入りの近況報告ページがあったんですね。